昨年の暮れからお正月にかけて、エリック・サティの音を聴きながらすごしました。 このそぎとられた白い沈黙の音は、彼の言う通り"家具や壁紙の音"としてわが家にあり、お正月の新しい光や空気にとても合う、静謐な世界をつくってくれました。非常に知的で巧妙な頭脳から生まれる"人から聴かれない音を意識的に作ろうとした"彼の意図は成功もし、不成功にも終わった美しい時間でした。
空間に並べた記号のような「3つのジムノペディ」。転がった星の残像のような「6つのグノシェンヌ」と聴きながら、ついつい私は夢をむさぼったのです。しかし、皮肉屋のサティのことです。しっぺ返しがやってきました。「パラード」にはまどわされました。
最初聴いたとき、奇妙な曲だなと思いました。あの寡黙なサティが……と思わせる饒舌さです。その上、こちらが期待しはじめてのろうとすると、突如ひんまがり、ひゅーんと歪んでどこかに行ってしまうという、意地の悪い曲でした。トリッキーで人の気分を悪くさせるのが目的みたいな……。キュビティックでダダ的シュールに満ちた「パラード」。気に入らないのに、気になって仕方がない。
そして、1月の終りには、このサティにしてはいちばん長い曲、12分11秒をそのまま使って、コレクションの終りのパートをつくってみようと、こちらの気持ちが変わっていたのです。
「サティと構成派」をまとめる背景には、こんな経過がありました。 ---1989年9月
「SATIE PARADE & CONSTRUCTIVISM」
9月7日/有楽町・朝日ホール
構成・演出/秦 砂丘子
グラフィック・デザイン/田中 貴
照明/沢田祐二 音楽/古賀明暢
ヘア・メイクアップ/川邊サチコ
マスクデコレーター/高屋昭夫
帽子製作/小林時代
靴製作/YELLOW―CAB
"ボヘミアン―自由奔放な―"という言葉には、過去と未来が含まれているように思います。
ボヘミア地方、チェコスロヴァキアの西には、牧歌的な田園風景が広がり、首都プラハには、中世の街並みが残り、バロック寺院がそびえています。目を西へ移すと、ポリス・ヴィアンの「うたかたの日々」的、サンジェルマン・デ・プレの都市風景やジプシーの奔放な世界が見えてきます。
そして、現代のコンピューター・グラフィックスなども、ボヘミアン的といっていいのではないでしょうか。 ---1988年 9月
「BOHEMIAN」
9月9日/草月ホール
構成・演出/秦 砂丘子
グラフィック・デザイン/田中 貴
照明/沢田祐二 音楽/古賀明暢
ヘア・メイクアップ/川邊サチコ
帽子製作/小林時代
靴製作/YELLOW―CAB
今年のコレクションは、今までとは全く異なった視点のもとで発想を始めました。全作品を秦砂丘子という人間に着せるために、あるいは自分自身が着たいと思うものだけをデザインしようと思ったのです。
こうして、ターゲットを自分自身に絞ってみますと、これはなかなか難しい対象でした。 シンプルでミニマムなものを好み、色も明らかに限定されている……。といったわけで、非常に小さな点から出発したのが今年のコレクションのなりたちなのです。 1987年 9月
「MINIMALIST」
9月10日/有楽町・朝日ホール
構成/秦 砂丘子
演出/秦 砂丘子, 我妻マリ
グラフィック・デザイン/田中 貴
照明/沢田祐二
音楽/古賀明暢
ヘア・メイクアップ/川邊サチコ
帽子製作/平田暁夫
靴製作/YELLOW―CAB
昨年のコレクション「にほん場呂希図夢」は、室町時代を中心に日本の色と形をテーマにしました。
今年はその仕事を発展させたものとして、陶磁器の世界を発想源にしました。原始土器、陶器、磁器などの質感の違い、あるいは時代と国柄の差による色、形、紋様の変化のおもしろさ。たとえば、ブルーという色一つをとっても、13世紀のイランの強いターコイズ・ブルーが13、14世紀中国・元の時代では、深い藍、青花へと変わり、14世紀韓国・李朝では、はかないはかない淡水色へと移っていくようです。
中国からペルシャ、イランへ、また韓国、日本へと二つの回路を経て、伝わり変化してきたそのあたりの色、形、質感、紋様を、なんとか表現してみたいと思ったのです。 1986年 9月
「YAKIMONO回路」
9月9日/有楽町・朝日ホール
構成・演出/秦 砂丘子
グラフィック・デザイン/田中 貴
照明/沢田祐二
音楽/川岸宏吉
ヘア・メイクアップ/川邊サチコ
アクセサリー/IKUO PARIS
ドライフラワー・デザイン/ヤスダヨリコ
靴製作/YELLOW―CAB
今年のテーマは、私なりの目でとらえた日本の色と形、特に室町時代を中心としてまとめました。
当時の風俗は、たとえば"湯女図"といった湯女のグルーピング・ショットの絵となって残されています。職業としては、高いはずのない彼女たちが、この図では、大胆なまでにふてぶてしく、生き生きとして通りを練り歩く風景が感動的でした。もしかしたら、大衆がとても生き生きしていた時代が、日本のバロック、室町時代ではなかったろうかと思いはじめ、それと現代とを重ね合わせてコレクションの構成がまとまりました。
1985年 9月
「にほん場呂希図夢」
9月19日/有楽町・朝日ホール
構成・演出/秦 砂丘子
グラフィック・デザイン/秦 砂丘子
照明/沢田祐二
音楽/川岸宏吉
ヘア・メイクアップ/川邊サチコ
靴製作/アトラス製靴
皮革製作/ストック小島
確か、イラストレーターの久里洋二さんが子どもの頃、北国の春のまだ淡い季節に、雪を割って頭を出した蕗のとうの峻烈な黄緑色が、その後の色作りの源泉になっていると語っていらっしゃいました。
今回の私のコレクション"JUST LIKE A SUNDAY"も、そのあたりの色が発想源になっています。
青い空とシャトリューズ色の空気―永遠の時間帯にいるような―。そんな日曜日をご一緒できたらと思います。1984年 9月
「JUST LIKE A SUNDAY」
9月19日/ラフォーレ・ミュージアム赤坂
構成・演出/秦 砂丘子
グラフィック・デザイン/久里洋二
照明/沢田祐二 音楽/岡本修一
映像効果/中道順詩
ヘア・メイクアップ/川邊サチコ
メイクアップ協力/ポーラ化粧品
帽子製作/東京ハット
ベルト製作/M'AMUZヤマダ服飾
靴製作/アトラス製靴
服は、肌か、呼吸する表皮でありたい。あるいは、ボディ・ペインティングされたものか。 60年代、ローリング・ストーンズは「Paint it black」と叫んだ。黒一色。これも、ボディ・ペインティングの一つ。
あえて縞馬のパターンを身につけたり、獅子のたてがみを振りかざす必要はない。でも、しかし、なぜ2万年前の人々は、洞窟の大壁面に狩られる動物をあんなに生き生きと描いたのだろう。バイタリティと威厳にあふれている。
今、小型化して家の中に残った猫。でも、その動きのなかに、原始かな、みたいなものが見えかくれする。
「BODY PAINTING」
9月8日/草月ホール
構成・演出/秦 砂丘子
グラフィック・デザイン/秦 砂丘子
美術/秦 砂丘子
照明/沢田祐二
音楽/岡本修一
映像構成協力/笠原 衛
ヘア・メイクアップ/川邊サチコ
北緯41度以北に位置するアイヌ文化圏。北緯27度以南に位置する琉球文化圏。時間と空間を異にしながらも、そこには、一つの共通する世界を見出すことができます。 それは、それぞれの民族性とその独特な風土に根ざした、純粋かつ強烈な文化であり、その表現としての抽象文様です。
二つの異なる文化圏から生まれた抽象模様の世界を、時間と空間を超えて、現代というスクリーンに照射できたら……。これが今回のコレクションのテーマになりました。 1982年 9月
「超時空抽象文様」
9月8日/THE SPACE
構成・演出/秦 砂丘子
グラフィック・デザイン/長澤忠徳
照明/沢田祐二
音楽/岡本修一
ヘア・メイクアップ/川邊サチコ
プロモーション/池亀拓夫
'70年代にリリースされたピンク・フロイドの「原子心母」は、ロックの領域を越え、クラシックと手を結んだ新しい音の創造だったと思う。当時、ロック一辺倒だった私は、強いショックを受け、その興奮は何年も続いた。そしてある日、あるメッセージが聞こえてきた。
もともと、文化の中心がどこか決まったところにあるという発想は私にはなく、どの地域のそれも等価であると主張しているつもりだった。しかし、自分の周辺だけが欠落していたのだ。
'81年の「エスキモー・グラフティ」に端を発して、そのあたりをコレクションのテーマとして続けてきた。そのきっかけは、エスキモーの思考方法のなかに、「アーマイ=なんともいえんね」というすばらしい哲学を見たからである。
「ESKIMO GFAFFITI」
9月3日/草月ホール
構成・演出/秦 砂丘子
グラフィック・デザイン/松永 真
照明/沢田祐二
音楽/岡本修一
ヘア・メイクアップ/川邊サチコ
今、いちばん興味を持っていることは、たべること。今年のテーマは、ここから発想したものです。
たべることもやはり、見たり、聴いたり、着たりすることと同じ五感の領域に属しています。'70年に、ピンク・フロイドが発表した「原子心母」のジャケット裏面に、"アランのサイケデリック・ブレックファスト"という小篇があり、ショックを受けました。朝、歯を磨く音、卵やベーコンを焼く音など、私たちがふだん気にもしないで立てている日常音が、いかに美しくビジュアルな連想を伴うかを教えてくれたのでした。
METAMO/METALは、METAMORPHIC/METALMATIC(変性の/金属的な)という意味です。屋上ディナーは豪華な室内ディナーではなく、空、星、風がごちそうとして登場する都会の高所でのディナーです。メニューも食前酒から食後酒まで、すべてメタモルフィックなものばかりです。都市の中でつくられる、さまざまな流行現象や流行語。その雑多なもののおもしろさを最大限に生かしてみようと思ったのです。これはまさに、生きているということの証しです。こうしたものを包むようにして、宇宙がその上を回っているのです。1980年 9月
「METAMO-METAL 屋上ディナー」
9月3日/THE SPACE
構成・演出/秦 砂丘子
グラフィック・デザイン/永井一正
照明/沢田祐二
音楽/網中秀雄
ヘア・メイクアップ/川邊サチコ
エフェクティブ・デザイン/折元立身